こんにちは
あきみ母です。
あきみ父と『けんか』しました
どのおうちにもあるとっても些細なことです。
話を聞いてもらいたい私。
聞くのにうんざりしてきたあき父。
でも聞いてもらいたいので話し続ける私。
(というかあきみのことなのであき父に聞いてもらうしかない。)
そして。。。
「わからない!」とあき父に一喝され、
私の心ははるか遠くに吹っ飛んでいってしまいました
それはまさに
話したくてしょうがないのに聞いてもらえない子供の気持ち。
落ちました
悲しくなりました
そばにいるのに心はと~っても遠く感じました
地球にいるのに宇宙の果てにいってしまったような、
そんな気分になりました
このもやもやした気持ちをそのままにしておきたくない私。。。
う~ん
やっぱりここは話し合いか
「とにかく聞いてほしかった。」
という自分の気持ちを素直に伝えました。
あき父も
「その時はうんざりして解き放ってしまった言葉だけど、
言った後に後悔した、結果的にお互い気分悪くなってしまって
いいことなかったね、ごめんね。」と。
一件落着
私たち夫婦、結婚して17年。
たくさんけんかをしてきました
けんかは良くない、けんかしないように、
という考え方もありますが、
けんかってそれまで以上にお互いを理解しあい、
仲良くなれるツールみたいなものなのかな?
と思っています(勝手に)
人間は自分の心の中にある思いを何かしらの方法で表現しなければ、
自分以外の人間に伝えるのは難しいですよね。
近しい人だと余計に「わかってくれるだろう」など
お互いに対する甘えやくせが出て、
シンプルに伝わるものも伝わらず、
かえって複雑になってしまうことがあります
「以心伝心」という言葉もありますが、
心の雰囲気くらいはわかるけれど、夫婦間であっても
なかなかお互いの心中の詳細が伝わり合うのって難しい
相手がどのような心でその言葉を言ったのか?
どのような気持ちでその行動をとったのか?
自分以外の人間のことってほんとわからないことだらけです。
気持ちが落ち着いてからよ~く話してみると、
芯の部分で相手のことを理解でき
自分の思いも素直に表現でき
自分の考え方も向き合った相手の分だけ拡がるような気がします
もちろんけんかしてるその瞬間は「なにくそ」とか思っているのですが
これからもきっとけんかしていくんだろうなあ
でもけんかしたぶん仲良くなれれば、
それは素晴らしいコミュニケーションツール
になるのではないでしょうか?
テレパシーで伝われば面倒くさくなくていいのになあ
でも物質の世界に生きている私たちにはやはり言葉が大事ですよね
大切な人に対して、自分の持てる言葉をいくら駆使しても使い過ぎ!
ということはありません。
自分の心が大切な相手に誤解なく伝わるように。。。
言葉を上手に使っていきたいな、そう思います
コメント
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ブログ始められてたの、今日気が付きました。
「わかってくれるだろう」は危険ですよね。
言わなくてもわかることもあるけど、全部わかるわけじゃない。
やってほしいことがあって、やってと頼んで快くやってくれる、わかってれるならそれで十分ですよね。
自分なら気が付くのにと思っても、実は別のところでは気が付かないかもしれないし、基本的にはしてほしいことがあればちゃんと伝えるようにするだけで、だいぶ争いが減りますね。
ほんとですね。
大切な家族とお互い気持ちよく暮らすためにも『言葉』は大事ですよね。
日々、心がけていきたいですね。