「森の中でスマホと方位磁石どっちがほしい?」
なかなかアバウトな会話で解りづらかったですね。。
要は。。。
世の中には便利なものがあるけれども、たとえば身の危険を感じたとき、
あなたならどちらを必要とする?という親子の会話です。
このひとつの会話からもひとりひとりが感じ・考えていくと。。。
どんどんどんどん・・・話が膨らんでいきます。
どこまでも果てしなく想像の世界は拡がります。
あきみ父の頭の中に円周率まで浮かんでいるとは思いませんでした。
そう。
人間の心による創造・想像は無限大。
有限の世界の中で唯一無限といっていいもの。
それが人間の心なんですね。
だから私たち人間は色々感じ・考え・形にすることが出来ます。
森の中で迷ったとき。
正直どちらが必要か?
なんてこと考えたことありますか?
便利なツール?
それとも
少しばかりの方向を示してくれる道具と自分の感性?
そんなとき、
役立つのはどちらなのでしょう?
あまりにも究極過ぎて、考えるのもアホらしいかもしれませんが、
生きるとは生き切る、ことでもあります。
森の中で迷ったら。。。
大きな木々に多い囲まれた空間で、おそらく人間は戸惑います。
方向も解らなければ、この場所が安全であるか?も解らない。
真っ暗な中、ここにいてはいけない、どこか安全なところに行きたい。
ただそう思うかもしれません。
そうしたとき、何に意識を向ければよいでしょう?
掌のスマホではないような気がします。よね?!
土のにおい、風の向き、川のせせらぎ、鳥のさえずり、
獣の遠吠え、月のあかり、太陽の方向・・・
人間の感覚はこれらすべてを感じ、察知することが出来ます。
自分に安全なもの、危険なもの、今必要なもの、そうでないもの、
情報収集をして、すべて自分の中で分別していくのです。
それまでその人が意識してきた自然に対する感性はその人独自のもの。
経験してきたその人の感性はいつもその人と一緒です。
何かの時にはその人の考える糧となります。
これってすごい!
コンピューター顔負けだと思いませんか?
便利なものは人間が作った有限性を示すもの。
人間の心は無限です。
その心を拓いて感じることで、人間もまた自然の一部であることにも気づきます。
日々、感じること・考えること・作り出すこと・・・
私たちが人間である以上、どうにもこちらが先なのです。
便利なものは残念ながら後付けでしかありません。
便利すぎるこの世の中で、不便を選択・経験し、
できるかぎりアナログな世界に身を置くことで自らの感性を磨いていく。。。
そうしたことも便利な時代だからこそ必要なのではないか?
そうすることで便利なツールに出会ったとき、
その意義や強み・弱みも正確に判断し、理解することができる。
そう思います。
日々の体験や経験、意識の大切さを常々感じます。
目の前の「便利」だけに目が向きがちな現代。
不便なものを使うことでこそ開花する人間の無限の可能性・創造性にも目を向け、
その価値を充分味わいながら、その時々必要なものを選んでいきたい。
ものは人間が使うためにあります。
ものに翻弄されるのではなく、ものをものとして、
もの以上の創造性を期待することなく、
創造は人間の役目・役割であり続ける、
ということを意識していけるといいですね。
夏休みの今、自然に触れる機会は数多くあります。
自然はいつもたくさんのことを教えてくれようとしています。
人間は心を拓いて感じればよいのです。
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