こころの耐性

22日
私たち夫婦は横浜の被害者支援室に足を運んだ。
あきみの事故のあと、
混乱のさなかにある私たちを
専門的かつ人間的に支えてくださった方たち。
今の状況、当時の気持ち、対応やニーズについて
など お互いに今だから話すことのできる内容を話し合った。
「ああ、そういう気持ちでそばにいてくれたんだ。」
と計り知れない配慮や心遣いを感じた。
私たちのような存在に関わること。
それには相当の勇気が必要だということは身をもって感じている。
しかも事故についてのあらゆることを共有する。
それは本当につらく厳しいことである。
支援する側のつらさ・苦悩が想像できる。
当時、生きるのに必死だった私たちはそこまで気づいていなかった。
ここまで歩いてくることができた私たち。
その背景には本当に多くの人々の支えがあったのだ
と改めて気づく。
それらの支えに必死に寄りかかりながら
自らの持てる力を精一杯出しきっての日々を過ごしていたのだと。
それまで普通にできていたこと。
「生きる」ということが
こんなに頑張らなければできないことだなんて。
あのとき初めて味わった。
裁判への参加はとりわけ大きなストレスであったことを思い起こす。
私たちの経験やその時々のおもい、心の経過、
経験していなければわからないこころの細部のうごき。
それらを私たちが支援室の方に伝え
共有することで
少しでも今後の支援に役立てば・・・
そのようなおもいで
今後も自分たちのできる形で
自分たちのこころを大切しながら
関わっていけたらいいのかな
と考えている。
ひとつひとつ
自分のこころと向き合いながら
現実は進んでいく。
辛いことも悲しいことも
自分のこころと相談しながら
自分の意志で語りたい。
生きていると様々なことがある。
様々なことがあって 
少しずつ
こころの耐性が大きくなってきているのを感じる。
同じ日
あきみ姉もまた学校で自らのこころと向き合っていた。
次の記事につづく。
 

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